西田和志のプロフィール

円満相続で「家族を紡ぐ」
円満相続コンシェルジュ
相続専門行政書士の西田です。

ブログにお越しいただき
ありがとうございます!!

行政書士にしだ法務事務所代表
西田和志(にしだかずし)です。

私は、みなさまとのご縁を大切に
させていただいております。

 

よく、人に名前を聞く前に
自分の名前を名乗れといい
ますよね?

昔のアニメでも、
チョコザイな小僧め、
名を名乗れ

赤胴鈴之助だあ!」

なんてのもありましたが、
若い方はご存知ではない
かも知れませんね。(笑)

 

そこで、名前を名乗るだけでなく、
自分のことを少しでも知ってもらう
ことが大切なのではないかと思い、
あらためて自分のプロフィール
書こうと思います。

 

少々長くはなりますがお読みいただき、
私という人間を知っていただければ
幸いです。

【生い立ち】

1970年1月3日生(戌年)

広島県福山市に3人姉弟の
長男として生まれました。

 

父は、13人兄弟の末っ子だったので、
一番上の長女とは、親子ほど年が離れ
ていました。

 

だから、実際にはおばさんなんだけど、
”○○のばあちゃん”って呼んでいた
おばさんが数名いました。

 

あんなに沢山いた父親の兄姉も、
殆ど亡くなり寂しくなりました。

さて、私ですが、小さいころは喘息があり、
よく小学校を休んでいました。

 

季節の変わり目に喘息の発作って出やすいんです。

最近は、めっきり発作は出なくなりました。

現在では、喘息の発作を鎮める吸入などが
ありますが、当時は、無くて初めて発作が
出た時は死にかけたらしいです。

もちろん記憶にはありませんが。

そんな私を救ってくれたのが、
尾道市の宮野先生という小児科
の先生でした。

危険を承知で、発作を鎮める注射
をしてくれたそうです。

 

後に母親から聞きました。

 

「宮野先生がおらんかったら、
あんた死んどったんで」って

 

既に、亡くなっておられて、
今は息子さんが歯科をされ
ています。

 

つい先日、医院の近くの方から
お仕事の依頼があり、近くまで
行きました。

 

昔と風景は変わりましたが、
懐かしく思いました。

 

この頃は、すごく体が細い子どもでした。

 

この病気が関係あるかどうか分かりません
が、小学校に入り、大きな手術をしたんです。

 

小2の3学期の事です。

 

小2の3学期は、手術のため入院していた
ので一日も出席していません。

その手術は、動脈管開存症という病気の手術で、

母親の胎内にいるときに使っていた動脈が、

通常は、生まれて数週間で閉じるものが
閉じないで、血液が流れっぱなしになる
ので、血流が増え心臓や体に負担がかかる
先天性の疾患です。

 

心臓の手術をしました。

 

手術そのものは、うまくいきましたが、
体に大きな傷ができてしまったんです。

当たり前ですが。。。

この傷のせいで、人前で裸になるのが
すごく嫌でした。
(今は、人前で脱いでも大丈夫ですよ)

 

小学校では、傷が恥ずかしくて、
プールに入れませんでした。

 

なので、今現在泳げません💦

長くなったので、今日はここまでにしときますね。

西田和志のプロフィール~その2~へとつづく

本日もお読みいただきありがとうございました!

円満相続で「家族を紡ぐ」
相続専門行政書士の西田でした。

広島県福山市の円満相続ブログ

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